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名古屋高等裁判所 平成11年(う)191号 判決 1999年10月06日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人六川詔勝、同美和勇夫連名の控訴趣意書及び控訴趣意書補充書一ないし四に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決が、原判示傷害の犯行におけるA(以下、Aという)の共犯者は被告人ではなくB(以下、Bという)であるとする証人Aの供述の信用性を否定し、信用性に欠ける証人C(以下、Cという)らの供述などによって、被告人を右共犯者であると認定したのは、事実を誤認したものであって、被告人は無実であるというものである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。

原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が、(事実認定上の補足説明)の第二「被告人を本件犯行と結びつける証拠の検討」において説示するところは、「Cら右五名の者が本件共犯者の右耳たぶ等にガーゼがあったと供述していないことが、同人らの各供述を信用できなくするものではなく、それ故また本件共犯者が被告人でないという証左にはならないというべきである。」(原判決三四、三五頁)との点を除き概ね正当なものとして是認できるし、第三「被告人に有利な証拠の検討」において説示するところもほぼ正当なものとして是認できるが、第四「結論」において被告人を本件犯行の共犯者と結論づけているところは是認できない。以下、その理由を述べる。

一  本件犯行の被害者C、犯行を目撃したD、犯行直後右共犯者らとの紛争に関わったE、F、通報で現場に駆けつけた警察官であるGとHは、程度の差はあるものの、面割り、面通しにおいて、犯人のAと一緒にいたもう一人の男、即ちその共犯者が被告人であると述べているが、被告人とBの年齢差が一〇歳もあること、最初の面割りに使用されたと思われる平成七年度G組織要覧写真帳(原審甲三八)における被告人とBの写真は明白に相違する容貌で両者の識別は容易であること、被害者ら右六名の者達が犯人の同一性について殊更虚偽の事実を申し述べなければならない事情は窺われず、当時の記憶に従った供述をしたものと思われることなどからすると、右の者らの犯人特定に関する供述は一応信ずるに足りると考えられること、原判示犯行の通報を受けて犯行直後現場付近へ駆けつけた警察官に、Aは、共犯者のことについて、「本部長を怒らせるとえらいことになる」と言っているが、被告人はかつて稲川会中島一家中島組内城下組本部長をしたことがあるのに対しBはそのような地位についたことがないこと、被告人と同日に逮捕されたAは、共犯者の名前を捜査段階からはっきりさせていなかったようであるが、A自らBは自分より格下で被告人は格上だというのなら、被告人の名前を出すことを憚ったことは理解できるが、Bの名前を出さなかったというのは必ずしも納得できるものではないことなどから考えると、被告人は右共犯者であると判断されてもやむを得ないところである。

更に、被告人の否認弁解の信用性を疑わせる事情として以下のことがある。

(一)  被告人の内妻Iの証言によると、被告人の逮捕当日、警察官が逮捕に来たことのみを被告人の携帯電話に連絡した後被告人の戻る前に、J組組長Jから電話があり、今、Y(被告人)から電話があった、俺も聞いた話だけど、それYじゃないぞ、と言われたとのことであるが、逮捕前は逮捕状記載事実も知らず原判示事件のあったことも知らないという被告人からの電話で、なぜJ組長が原判示事件を想定したのか不可解と言うべく、被告人が原判示事件を知っていて、それをJ組長に話したのではないか、したがって被告人が犯人ではないかという疑いがある。

(二)  被告人は、逮捕当初から、犯行当夜は鼻の下の髭しかなく、唇から下の髭は剃ったのでなかったと述べていたが、右内妻及びその依頼を受けたKは、原審において証人として、揃って被告人の供述に添う趣旨の証言を、しかもそれを覚えている理由まで加えてしたが、これは明らかに虚偽であり、偽証の疑いがある。

(三)  右内妻は、被告人の逮捕当日警察へ出頭し、犯行当夜及び犯行当日の日中の被告人の行動について、被告人とほぼ同じことを述べているが(原審甲一八)、これは出来過ぎであり、逮捕を予想して二人の間で打ち合わせてあったのではないかと疑われる。

(四)  原審証人L、同Mも、被告人に有利になるような虚偽ないしいい加減な証言をしている。

二  右一で述べたところからすると、被告人が本件傷害事件の共犯者であると原審が判断したのは、あながちおかしなことではない。しかしながら、以下の点を考えると、被告人を共犯者であると断定するには躊躇するところがあると言わざるを得ない。

(一)  犯行二日前の九月一九日交付の被告人の自動車運転免許証の写真(原審弁一一)と犯行当日の九月二一日のうぬま第一幼稚園の運動会で撮影された被告人の写真(原審甲六二)を見ると、いずれにも被告人の右耳にかなり大きなガーゼが貼付されている。しかるに、共犯者に該当する人物を目撃したCら六名は揃ってこのガーゼを認識していない。そうすると、犯行当時共犯者と目される人物はガーゼを貼付していなかったと考えるほかない。この点について、原判決は、「被告人が酒を飲み歩いている最中にガーゼが外れてしまったが、被告人がそれに気付かず、あるいは気付いたとしても何らかの事情でガーゼをつけるのをやめ、家に帰った後新たにガーゼをつけることもありうることである。」(原判決三四頁)とする。確かに、その可能性は否定できないが、それはあくまで一つの可能性にすぎないのであって、その逆の可能性、即ち、ガーゼを貼付していないからそれは被告人ではないという可能性を否定するものではない。運転免許証が三年間使用するものであることを考えると、暫時取り外してもいいものと考えるなら、写真撮影の間だけ外してもおかしくないし、九月二一日が抜糸直前でガーゼを外してもよいと考えるなら、運動会という人目にさらされる場所に同日未明の午前五時ころ付けていかなかったガーゼをわざわざ付けて行く必要もないはずである。そうすると、被告人が、犯行の前後にガーゼを貼付していながら、犯行当時だけガーゼを付けていなかったと考えるのは、必ずしも合理的ではないと言うべきである。又、テープで止められたガーゼが飲み歩いている間に簡単に脱落することも考えにくい。したがって、このガーゼに気付かなかったということは、目撃者達が被告人と犯人を取り違えている可能性を窺わせるのである。

(二)  面割りに使われた平成七年度G組織要覧写真帳における髭のない状態の被告人(目立つほどの髭はない)とBの写真は、撮影時期の問題があろうが明らかに相違しており、見間違える可能性は低いと考えられる。しかしながら、両者とも肥満状態で顎と鼻下に髭を生やした状態の犯行当時の二人の写真は、大変よく似ていると言わざるを得ない。このことは、原審弁九号証と弁一〇号証の各写真から明らかである。更に不思議なことに、面割りに使われた髭のない被告人の写真と髭面の被告人の写真も、同じく面割りに使われたBの写真と髭面の同人の写真も、いずれも同一人の写真であるのに余り似ていない。そうすると、本件犯行時の犯人特定のために右G組織要覧写真帳が適当なものであったとは言い難いし、又、本件では捜査官側が髭面の被告人と似た人間のいることを知らなかったのであるから、捜査のあり方を非難することは出来ないのであるが、犯行当時似た人間がいることを前提に、それを取り違えることのないような写真面割りをしておれば、その面割りの信用性は一段と高まったと考えられるのである。その意味で、本件捜査における面割りには、無理を言うようではあるが問題があると言わざるを得ない。

Cは、被害当日、髭のない被告人やBの含まれた平成七年度G組織要覧写真帳の中から被告人を犯人として選び出し、その四日後の取り調べにおいて犯人の容貌を述べているところ、写真を見る前に容貌を述べておれば面割り写真の影響を受けない目撃者の印象が確保されるが、写真を見てからの容貌に関する供述や面通しはその写真の印象の影響を受けなかったという保証はない。そうすると、Cによる犯人特定は二重の意味で問題があり、それを全面的に信用する訳にはいかないと言うべきである。

G組織要覧写真帳を使った面割りをした目撃者達には、Cの面割りと同じ問題があると思われる。

(三)  犯行当日の日中、被告人が幼稚園の運動会に顔を出していたことは明らかである。運動会は、集合時間が午前八時一五分で、開会式が午前八時三〇分から始まり、閉会式が午後二時一六分に終わる予定であった(原審弁一九)。被告人の当時の住所の岐阜市細畑塚浦から各務原市鵜沼の幼稚園まではかなりの距離がある。本件犯行の犯行時間は、午前五時前後になる。犯人たちはその後、別の人間達や駆けつけた警察官と紛争を起こしている。犯行現場付近から被告人の住所までは、地図でみると車でせいぜい二〇分程度と思われる。被告人が、その後そのまま自宅へ帰ったとしても、午前五時三〇分から六時の間ということになる。そうすると、被告人がプログラムの最初から運動会に出ていたかを別にしても、飲酒後の人間であるのにほとんど寝ていないことになり、かなりきつい行動であろう(因みに、原審弁一九号証の運動会プログラムと原審甲六二号証の運動会の写真を比較すると、被告人が写っている写真は午前九時四八分開始予定のバナナソングと思われる。又、共犯者とされる人間は、犯行当時飲酒していたことは明らかである)。更に、前夜来泊まりに来ていたJ組長の二人の娘を連れての運動会見物である。そうしたことを考えると、犯行時間帯に被告人が柳ヶ瀬界隈を飲み歩いていたことに疑問がないではない。

(四)  犯行当夜、AとBは、J組長宅の夕食会に出席したと言う。その時間について、Aは午後七時半から一一時ころと言う。そうすると、この二人が犯行時間帯に、柳ヶ瀬界隈で飲んでいてもおかしくはない。他方、Bは、被告人に最後に会ったのはこの年の夏だと思う。Aも被告人に最後に会ったのはこの年の七月半ばという。これらは、右の夕食会に出ていないと言う被告人の供述と符合する。そうすると、被告人が犯行時間帯にAと行動を共にしている可能性は低い。

(五)  共犯者とされる人物の行った原判示犯行はもとより、その後におけるFらとの紛争や駆けつけた警察官との紛争は、いずれも、わざわざ自ら事を起こしたもので、いかにもチンピラの行動というにふさわしい一方的愚行である。そうであるとすると、ヤクザを辞める決心をして耳の刺青の除去手術をしたばかりの被告人の行動としては、そぐわないものと思われる。

(六)  被告人が犯行現場付近から自宅へ帰ったとするとタクシーを使用したと考えられるが、現場付近を営業範囲としているタクシー会社を調べればそれを裏付けることが可能であると思われるが、そうした証拠は見当たらない。

(七)  目撃者達の述べる犯人の服装に該当する衣服が被告人方から押収された形跡はない。

(八)  Bの供述によると、同人は、平成一〇年三月二日に自ら警察に出頭して調べを受け、初めて本件事件の内容を聞いたとのことであるが、取調状況報告書(原審甲二二)によれば、本件起訴前の段階でAの共犯者としてBの名前も出ていたことが窺われるのに、何故に同人の取り調べがそれまでになされなかったのか疑問である。

(九)  犯人直後、犯行現場付近で、Aが、警察官に対し、共犯者のことを本部長と呼んだ点も、Aがはったりを言ったと考えることは可能であり、そうであれば共犯者が本部長でなくともよいことになる。

三  犯行などの目撃者は、犯人特定のための直接又は間接の証拠として極めて重要であるが、認識・記憶・記憶の再現のいずれかの段階で、何らかの影響によりそれが歪められると犯人誤認につながる危険を有することも、また事実である。そのことに思いを致して本件の証拠関係を再考すると、前記一のような証拠関係にあっても、前記二のような疑問が存する以上、被告人を本件犯行の犯人であると断ずることには説明し切れない疑問があると言わざるを得ない。そうすると、結局、本件公訴事実については、その証明がないと言わざるを得ない。

そこで、刑訴法三九七条一項、三八二条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により更に判決する。

本件公訴事実は、「被告人は、Aと共謀の上、平成九年九月二一日午前四時五〇分ころ、岐阜市栄枝町<番地略>先路上において、C(当二五年)に対し、こもごもその顔面・腹部・背部等を足蹴にするなどの暴行を加え、よって、同人に加療約四週間を要する右示指骨折等の傷害を負わせた。」というのであるが、前記のとおり、犯罪の証明がないので、刑訴法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをすることにし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笹本忠男 裁判官 神沢昌克 裁判官 天野登喜治)

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